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三木市(みきし)は、兵庫県南部の東播磨地方に位置する市。

地理

兵庫県南部の東播磨地方に位置するが、細分した場合は北播磨で、県民局は北播磨県民局となっている。播磨平野に含まれ、市域を東から西に美嚢川が流れる。平野部を囲むように河岸段丘となだらかな丘陵が広がる。内陸部であるため降水量は比較的少なく、ため池が多い。日本標準時子午線の通る街である。美嚢川沿いに旧市街があり、南東部の神戸市との境付近に新興住宅地がある。
  • 山: シブレ山(山頂は神戸市)
  • 河川: 美嚢川、志染川
  • 湖沼: つくはら湖 その他ため池が多数存在する。
  • 用水: 淡河疎水 山田疎水
 
自然災害関連

阪神・淡路大震災を教訓に耐震実験のあり方が見直され、 独立行政法人防災科学技術研究所が実大三次元震動破壊実験施設 (E-ディフェンス)を三木市内に建設。E-ディフェンスは地震を人工的に再現し、 そのメカニズムや建物の倒壊、補強設計実験を実物大で行うことができる。 県立三木総合防災公園内にあり、同公園内には、県立消防学校、 災害時の備蓄倉庫を兼ねた陸上競技場などがある。

市町村名の由来

神功皇后が君が峰で休憩時、地元から壷に入れた酒を献上したことから、 御酒(みき)→三木(みき)、美壷(みつぼ)→美嚢(みのう)となったと伝えられている。

年表
  • 645年(皇極天皇4年) - 孝徳天皇の勅願により伽耶院が創建される。
  • 1580年(天正8年) - 織田信長の命を受けた羽柴秀吉に攻められ、三木城が落城、別所長治は敗れる。(三木合戦)
  • 1932年(昭和7年) - 廣野ゴルフ倶樂部がオープンする。
  • 1954年(昭和29年)5月6日 - 美嚢郡三木町と美嚢郡久留美村が合併をして、美嚢郡三木町となる。
  • 1954年(昭和29年)6月1日 - 美嚢郡三木町、美嚢郡別所村、美嚢郡細川村、美嚢郡口吉川村が合併をして三木市(市制実施)となる。
  • 1954年(昭和29年)7月1日 - 三木市と美嚢郡志染村が合併(対等合併)をして、新しい三木市となる。現在の三木市の市制記念日が7月1日であるのは、この日を記念しているため。
  • 1955年(昭和31年)5月28日 - 地方財政再建促進特別措置法の適用を受ける。1960年(昭和35年)3月31日解除。
  • 1955年(昭和30年)11月1日 - 三木市立三木市民病院を開設。
  • 1966年(昭和41年)5月18日 - アメリカ合衆国バイセリア市と姉妹都市提携を締結。
  • 1973年(昭和48年)3月20日 - 三木商工会館(三木商工会議所の拠点)が完成。
  • 1974年(昭和49年)6月4日 - 中国自動車道(西宮北-福崎間)が開通。
  • 1976年(昭和51年)7月16日 - 金物資料館を開館。
  • 1979年(昭和54年)10月26日 - 国道175号線三木小野バイパスが開通。1994年(平成6年)全通。
  • 1982年(昭和57年) - JGAゴルフミュージアムが開館する。
  • 1982年(昭和57年)7月2日 - 図書館を開館
  • 1984年(昭和59年)5月30日 - 県南西部を震源とする山崎地震が発生。
  • 1985年(昭和60年)4月1日 - 第三セクター方式で三木鉄道が開業。全長6.6キロの運行距離で、レールバスが走る。
  • 1985年(昭和60年)5月31日 - 中小企業庁が三木市を新地場産業集積圏構想想定地域に指定。
  • 1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災が発生、大きな被害を受ける。
  • 2005年(平成17年)10月1日 - 美嚢郡吉川町と友好都市提携を結んでいたオーストラリア・コロワ市と姉妹都市提携の調印。
  • 2005年(平成17年)10月24日 - 三木市が美嚢郡吉川町を編入。
 
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