|
むつ市(むつし)は青森県の市であり、下北半島に位置し、陸奥湾と津軽海峡に面する。2005年の市町村合併で青森県で一番大きな面積を持つ市町村になった。県の総面積の約11%を占める。
日本初の平仮名の市であり、下北地方の中核都市となっている。
地理
青森県北東部の下北半島にある。市としては本州最北端に位置し、南は陸奥湾、北は津軽海峡に面し、2つの海をもつ地形となっている。市の中央部には釜臥山(標高879m)を主峰とする恐山山地が連なっていて恐山には宇曽利湖というカルデラ湖がある。東南部には下北丘陵が連なる。
田名部、大平、大湊に人口が集中している。むつ市の中心地である田名部(たなぶ)には下北丘陵に端を発する田名部川が流れ、流域には肥沃な田名部平野が広がる。大湊は釜臥山の麓に位置し、波の穏やかな大湊湾に面す。大湊湾内には芦崎と呼ばれる砂嘴があり、砂嘴の内部は芦崎湾と呼ばれ、天然の港湾となっている。 |
|
|
|
隣接している自治体
- 下北郡:大間町、東通村、風間浦村、佐井村
- 上北郡:横浜町
気候
ケッペンの気候区分では西岸海洋性気候に属し、冷涼な気候である。また、12月上旬から3月下旬まで雪に覆われる。
日本海側気候ではあるものの、夏は北東風(やませ)の影響などにより涼しく過ごしやすい。また、冬は特別豪雪地帯ほど大量の雪は降らない。そのため、生活するには過ごしやすい気候である。
歴史
田名部は藩政時代には南部藩(盛岡藩)の代官所が置かれていた。当時より下北地方の要の町として開け、田名部川の水運で栄えた。1870年、戊辰戦争で賊軍とされた会津藩が領地没収の引き換えに斗南藩(となみはん)として再興が許される。翌年には廃藩となり、現在のむつ市斗南ヶ丘にその史跡がわずかに残る。
大湊は下北七湊の一つであり、明治以降は帝国海軍の軍港となった。太平洋戦争の末期は、大湊町であり、市制施行していない地域であったが、海軍の基地があるということもあり、空襲を受けた。大湊は現在でも海上自衛隊の基地があり、青森県以北を警備担当区域とする大湊地方隊の地方総監部が置かれている。他に、むつ
(原子力船)の母港など、海、先端技術との関わりの中で発展しており、また、第3次産業の比重が高い。
なお、大湊は自衛隊の関係で県外からの転勤者が多く、言葉の面でも習慣の面でも独特の文化が築かれている。また大湊に住んでいたことのある人が全国に広がっているという特殊な状況も持っている。
- 1959年9月1日 - 田名部町と大湊町が合併、青森県8番目の大湊田名部市(おおみなとたなぶし)が誕生。当時、日本一長い名称の市となる。その後、文字数の記録は2005年に誕生したかすみがうら市に(現在はいちき串木野市、つくばみらい市にも)破られるが、読みがなの9文字は北九州市とタイであるものの未だに破られていない。しかし、2007年に南九州市が誕生すると破られることになる。
- 1960年8月1日 - 市名をむつ市に改め、日本初のひらがな名の市となる。
- 2005年3月14日 -
下北郡川内町・大畑町・脇野沢村を編入。恐山の飛地を解消。
|