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潟上市(かたがみし)は、秋田市の北西部、男鹿市の南東に位置する市。八郎潟、日本海を臨む。人口が増加傾向にあり、減少傾向にある秋田県内では数少ない例である。湖南地区の南秋田郡天王町、飯田川町、昭和町が2005年3月22日に合併して誕生した。人口増加の理由としては旧天王町が市街化区域などを設定していなかったため「土地があれば何処に家を建てても良い」といった状況があり、隣接する秋田市のベッドタウンとして住宅が急増したことが要因と考えられる。

つまりは県内、特に秋田市周辺に住む人が土地の安さから移住してきただけであり、秋田県の人口減少の解決策には成り得ない。これにより旧天王町エリアは道路が複雑で狭いという問題を解決できずにいる。塀の高い家が多いことも災いして、見通しの悪い危険な道路が多い。旧昭和町エリアはJR大久保駅付近が開発されており、住宅・医療関係が整備されつつある。郊外型の大型店が増える中、商店街がしっかり残っているのも特色である。旧飯田川町エリアは住宅と田の占める割合が大きい。 面積が秋田県内の市の中で最も狭い。

潟上の地名は、奈良時代の古文書(書中では方上)、ならびに八郎潟の上方(潟の上)に位置することから。
 

歴史

  • 1889年以前 - 町村制以前は、秋田郡典農村・大崎村(天王村)・大久保村・下虻川村・和田妹川村・金山村・飯塚村(飯田川村)・上虻川村・岡井戸村・船橋村・槻木村・竜毛村・山田村(豊川村
  • 1889年4月1日 - 町村制施行に伴い、南秋田郡天王村・大久保村・飯田川村・豊川村が発足。
  • 1924年4月1日 - 大久保村が町制施行して大久保町となる。
  • 1935年11月30日 - 飯田川村が町制施行して飯田川町となる。
  • 1942年3月24日 - 大久保町・飯田川町が合併し、昭和町が発足。
  • 1942年4月1日 - 昭和町・豊川村が合併し、昭和町となる。
  • 1950年7月1日 - 昭和町の一部(上虻川・船橋・岡井戸・槻木・龍毛・山田)が南秋田郡豊川村として分立。
  • 1950年9月28日 - 昭和町の一部(飯塚・金山・和田妹川・下虻川)が南秋田郡飯田川町として分立。
  • 1955年1月1日 - 昭和町が南秋田郡金足村の一部を編入。
  • 1956年9月30日 - 昭和町・豊川村が再度合併し、南秋田郡昭和町が発足。
  • 1961年11月3日 - 天王村が町制施行して天王町となる。
  • 2005年3月22日 - 天王町・飯田川町・昭和町が合併(新設合併)し、潟上市が発足。
  • 2006年11月1日~11月7日 - 潟上市としては初めて種苗交換会が開かれる(旧昭和町では行われたことがある)。
 
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